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    私達の婚外恋愛体験記 2014年―夏―「婚外恋愛体験記」受賞作発表!

    • 2014.09.17 Wednesday
    • 09:07
    最優秀作品■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
     
     
    ●セックスの言葉を交わす――相原美来(仮名) 女性 40代 既婚 会社員 埼玉
     
     
    「どうして口ばかり見ているの? 目を見ないの?」
     
    つながってから、彼に聞かれた言葉に、虚をつかれたような気持ちになった私。
     
    「そうだね、なんでだろう。多分、いつ何を言われるのかと気にしているからかも」
     
    そう答えると、彼はなるほど、そうなんだ、とうなづき、でもやっぱり目を見たほうがよくない? と促してきました。
     
    私はセックスのときに目を合わせないほうかもしれません。好きな体位はバックだけれど、それは多分、目を見なくてすむからかも。
     
    そして、私はセックスの最中に会話を交わすこともほとんどありませんでした。その類のものは、その種の漫画や小説、それから映像の中だけのものというイメージがあって、メディアの中で触れたことはあります。でも、セックスの最中の会話というものをリアルに楽しんだことはやはり、無いように思います。
     
     
    でも、その彼は違いました。一回り以上も歳下の彼は、私の目をじっと見つめてきて、私も真似してやってみようと、口元から目に視線を動かし、合わせてみました。
     
    「どうしてほしいの?」
     
    「どこにほしいの?」
     
    「ちゃんと言って」
     
    「もう一回ちゃんと言って」
     
    「もう一回」…
     
     
    メディアでしか知らないやりとりを実際に交わしたことは、私には衝撃的なできごとで、気分もすっかり乗って楽しいセックスができてしまいました。
     
     
    結婚はしているけれど、性的には満たされない思いをしてきました。潜在的にDVが怖くて、できるだけ暴力的にならない人、腕力的に私より強い力がない(と私が思える)人を伴侶に求めた結果、性的にとても淡白な人を選んでしまったからです。
     
    生活そのものは平穏に過ぎ行きます。でも、私も生きている以上は普通にセックスしたいな、と思うようになりました。言い訳だけれど、やむを得ないことだったと思っています。ただ、そのころちょうど、STDのことが話題になり、出会い系の怖さも社会的に警鐘が鳴らされるようになってきて、どうしようかと思っていました。
     
    会話がきちんとできる人と付き合いたいけれど、私がいる世界で出会いを求めるのはリスクが大きすぎる、と敬遠する気持ちが強かったのです。
     
    私がいるのは、聞こえない世界。この世界の内側で遊ぶのは、人の繋がりが密なだけに、とても難しいことです。だから、リスクも承知の上で外の世界に出て行き、出会い系などで探すほかありませんでした。
     
    出会い系では避妊してほしいのにコンドームなしでされたり、マンションに軟禁されかけたり、恐喝されたりと――最低なできごとも稀にはあったけれど、幸い、今までSTDにかかることはありませんでした。
     
    そんな出会い系でさえ、個人で出会ったら、時にはだんだんと恋愛みたいな恋愛でないようなことになってしまうこともあります。お互いの打算さえ見え隠れする婚外恋愛関係の調整がめんどうになって、セックスだけを切り離せないかなあと、そういう切り離した出会いができる場にも関わったことがあります。
     
     
    でもやはり、そういう遊びは頻繁というわけにはいきません。それに、セックスは同じ人と継続してしたいという気持ちや、ある程度、相手を好きでいたい、少しは相手のプライベートに関わるようなことも知っていたいという、わがままな欲求が私の中にあります。遊ぶことだけを切り離すのは、相当、性的な欲求に裏打ちされた衝動的な行動だと思うのです。
     
     
    セックスしたい。でも相手がいない。恋愛とは切り離して遊びたい。でも心理的にも頻繁には遊べない。きちんと会話もしたい。でもなかなか話が通じない。
     
    そんな堂々巡りを重ねているうちに、私も歳を重ねてしまいました。もう、女性として残された時間はそんなに無い、と、思うと、遊べるのもあと数年かな? と計算してしまいます。
     
    めんどうな婚外恋愛を最後に清算してから2年。誰とも出会わない時間でした。時々は、切り離したセックスをしてはきましたが、切り離したセックスはやはりいつでも楽しめるわけでもないし、また、その場に再び会いたいと思う人がいても、次には会えないかもしれないのがやはり嫌でした。
     
    そんなときに急に関係が発展した彼。まさかそんなことになるとは思っていなかったのだけれど、関わる社会の場が重なる彼との関係は、リスクもあります。
     
    せっかく交わすことができた会話だけれど、早くも悲観的に、続かないかもしれない、と思うと切なくなります、少しは。
     
    「悪い男だね」
     
    「そうだよ、責任は取らないよ」
     
     仲良くなってすぐ、そんな軽口の会話もサラッと交わしていました。もしかしたら、これまで出会った関係と同じようなことのくり返しかもしれないけれど、会話のあるセックスをまたしたいなあと思っている私。
     
    彼は私が遊んでいると思っているけれど、わかってないでしょ? なぜ遊ばないといけなかったかってことを。でも、また軽口を叩く私。
     
    「遊んでくれていいよ、めんどうくさいことなしで」
     
    「わかった、そうするよ」
     
    でもたぶん彼は、本当はわかっているのかもしれません。私が実際以上に悪ぶったり、強がっていることを。もちろん、まったくわかってない可能性もあるけれど。あるいは、わかっていても気づかないふりをして、上手く遊ぼうと思っているのかもしれないけれど。
     
    彼との時間は蜃気楼のように終わってしまう可能性もあるけれど、交わせるやりとりは幸せだと思える時間だということは正直に伝えよう、何回でも言えるだけ言おう、気持ちは伝えなきゃ伝わらないのだから。
     
    「好きだよ」
     
    かんたんな言葉だけれど、伝えつづけたいと思っています。伝えられる間に、あなたに。
     
    「電気はつけておく? 消したら話ができないね」
     
    「顔が見えるようにこっちに来て」
     
    会話は続いていきそうです。
     
     
     
    優秀作品■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
     
    ●女性という自我の覚醒――佐藤純子(仮名) 女性 40代 既婚 販売 栃木

    中学から短大までずっと女子校生活だった私は、いつか王子様のような人が現れる事を夢見ていました。性にもあまり興味がなく、少女のままでした。そんな私も就職をして、とても真面目な夫とつきあうようになり、結婚しました。
     
    私は明るく楽しい家庭を築きたくて愛情豊かな生活を夢みていたのですが、夫は会社や親や世間から一人前として認められるために結婚したのだと、後から気づきました。それから徐々にお酒を飲んでは、私の気に入らないところを言うようになりました。夫は私と触れ合うよりも、テレビ番組やビデオで映画を見たりゲームをする方が好きでした。性生活は子供を作るためのあっさりとしたもので、最初はそれが普通なのかと思っていました。でも私はもっと触れ合いたくて甘えてみるのですが、夫にその気はなく、とても淋しくて1人で泣いていました。
     
    親には心配をかけたくないし、そんな気持ちをどう伝えればいいかも戸惑い、相談など出来ずにいました。
     
    そんな生活でしたが、私にも子供が出来ました。嬉しいのですが、とても複雑で不安な気持ちでした。夫も子供が生まれたら喜んで、良いパパになるかもしれないと期待しました。でもなかなかそうは行かなくて、夫のわがまま度は増して行きました。性生活も夫の性欲処理だけの自己中心的な扱いでした。私は時々でいいので、ゆっくりと感じられるように抱いてほしいと頼んでみました。でも、そんな事は面倒だという性格は変わりませんでした。すべて私のせいにして来ました。体型が崩れたから、妊娠線が気になるから、老けてしまったから、家事が行き届かないからなどと言われたりもしました。他にも私の欠点の数々を挙げて責めたり、俺が稼いだ給料で生活させてやっているんだから俺に従えとか、威圧されて私は劣等感のかたまりになっていました。
     
    悲しくて、むなしくて、淋しくて…それでも生活は続けなければならないし、子供のためにも、妻や母親としての役割を務める生活をして来ました。妻や母親は男でも女でもないというような便利な存在として扱われましたが、私の心も身体も女である事は変わっていないし、妻や母親としての日常だからこそ、いつもの私とは違う、女になれる幸せな時間が必要でした。ずっとずっと悩み、苦しい日々でした。そして我慢の限界だと思うようになりました。心の奥の自分自身の本心に向き合うよう努めました。そして、やっぱり女としての幸せを感じてみたい、このまま死にたくないと強く思いました。
     
    色々調べてみて、女性向けの性サービスがあると知りました。しばらく迷っていましたが、思い切って連絡をしました。それから数日間はものすごく不安で食事も喉を通らないような毎日でした。約束の日が来て、出掛ける準備をする手が震えました。心臓は壊れそうでした。それでも会いに行きました。
     
    お会いすると、とても話しやすくて紳士的で感じの良い人でした。私の苦労話を聞いてくれて、「よく頑張って来たね」とやさしく抱き寄せられて……身を任せました。それまでに感じた事のない衝撃で、身体の奥からものすごく感じました。夫からよくないと言われていた私の身体を、「感じやすいしいい身体だよ。全く問題ないよ」と言ってくれました。とても嬉しくて涙が出ました。色々と話しもしました。
     
    彼も奥さんに拒絶されて来たのだと話してくれました。こんなにセックスが好きな男性をセックスレスのままにさせるなんて無理だろうし、そうさせるなんて事はしてはいけないように感じました。
     
    (たぶん彼が彼でなくなってしまうような……バイタリティーを無くしてしまうような――健康を害してしまうような――そんな気がしました)
     
    彼は私の良いところは褒めてくれました。辛口の言葉もありました。彼に「ほら、もう肌が変わったよ」と言われて触れてみると、本当に肌が滑らかに変わっていてとても驚きました。そして帰り道、それまで重かった身体が軽くなり、歩きやすく、動きやすくなっている事に気づき、また驚きました。
     
    セックスの素晴らしさを知りました。女性は男性に愛される為に生まれて来たのだと心の底から込み上げて来るものがありました。
     
    それからは、劣等感が薄れて少しずつ自信が持てるようになり、たくさん笑えるようになって行きました。その後も何度か会いに行きました。
     
    でも楽しい事ばかりではなく、むなしくなる事もありました。恋愛ではないので、帰り道は孤独感に押しつぶされそうな気持ちでした。バレたり何か起きても頼れるものは何もないのだと思っていました。
     
    その後、ある男性と知り合いました。彼はとても生真面目な人で、仕事や趣味で充実しているけれど、コンプレックスがあって、女性とつき合う機会を作って来なかったという方でした。その事を考え直すようになり、セックスを学んで、女性とおつき合いをしたいと思うようになったという方でした。
     
    お会いしてみると、もの静かであまり話すタイプではないけれど、とても自然体でやさしい人でした。
     
    彼は年上好きでも太め好きでもなかったと思うけれど、私の存在そのものを温かく受け入れてくれました。私なんかで本当にいいのかな? と不安だった気持ちを消してくれました。
     
    上っ面で褒めたりするのではなく、思った事を素直に言葉にしてくれました。女性経験がほとんどなかった彼は、私の肌に触れるだけでも感動している様子で、しっとりした肌で気持ちがいいよと言いながらずっと撫でてくれたり、型崩れしてしまった胸だけど触ると目を丸くしてあったかい! と喜んでくれたり、触られて感じる私を可愛いいと言いながら、彼は心から楽しんでいました。2人で微笑み合いながら触れ合う時間はとても新鮮で幸せな気持ちに包まれました。それまでの傷ついた私の心から何かがはがれ落ちて行くように癒されて行きました。
     
    勉強熱心な彼は、私がとても感じるところを見つけると丁寧にずっとずっと触ってくれました。身体が溶けてしまいそうな感覚や、呼吸が出来ないほど感じたという事なのか声も出せないくらい苦しくなったり、それまで感じた事のない程、深く深く感じました。
     
    一生懸命に学ぼうという姿勢や粘り強い探求心、心から楽しんでいる人から湧き出すパワーは本当にすごいものだと思いました。そう思った事を彼に伝えるととても喜んでくれました。
     
    経験やテクニックも重要だと思いますが、心に勝るものはないような気がしました。目を輝かせて、私の身体を心から楽しみ、私を気持ち良くさせようとしてくれている事が本当に嬉しくて嬉しくて幸せでした。
     
     
    彼と会った後はいつもふんわりと温かい気持ちになり、本当に癒されました。帰り道、以前のような孤独感は全くありませんでした。
     
    数回会ったのち、彼から彼女が出来たと連絡がありました。私は本当に良かったと思いました。心から「おめでとう。どうぞお幸せに」と伝えました。彼と会えなくなった事は淋しいけれど、今まで本当にありがとうという気持ちでいっぱいでした。
     
    それからの私は、“人は人、自分は自分”と思えるようになり、自分も人も肯定出来るようになりました。人と比べて悲観的になったり、羨んだり、妬んだりせずにいられるようになりました。自分そのものを素直に受け入れて、自分も人も大切にし、どんな時も前向きに明るく、素のまま生きられるようになりました。
     
    今でも彼と出逢えた事に心から感謝しています。彼が幸せであってほしいと思います。
     
    経験から学んだ事は、色々な人がいて色々な人生があるのだと感じた事、色々な好みがあるのだとわかった事、交わる事でその人の本質がわかる気がした事、相手の良い所だと思った所がいつの間にか自分の中に取り入れられていた事、人を知る事でより自分を知る機会を得るのだという事、人を介さなければ実は自分の事がわからないのだという事、人間としての深みが出た気がする事、人は結局孤独なのだという事などです。
     
    身体と心で深く感じる気持ち良さは、お金や物や言葉では得られない充足感をもたらして、女性に生まれて良かった、生きていて良かったという気持ちになりました。
     
    愛されて深く感じる事で、女性は女性として心も身体も開花して輝いて行くように思いました。
     
    そのような幸せを女性にもたらす事の出来る男性は本当に素敵だと思います。
     
     
    優秀作品■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
     
    心と身体に必要なものを求めて」――西村明子(仮名)40代 女性 既婚 パート 愛知
     
    私は、自分が求めるセックスについてずっと考えている。私の人生からセックスがなくなってしまったと気が付いたあの日から。
     
    私は何回かの婚外恋愛(結婚していながら配偶者以外の人を好きになるということ)を経験して、その間にセックスに対する考え方も変わっていった。好きになった人とセックスしたり逆にセックスしてから恋愛関係のようになったりするうちに「恋愛」と「セックス」の関係について考えるようになった。この二つは同じものだろうか。根源的なところでは繋がっているのだろうけれど、私は分けて考えることにする。
     
    これからも自分の人生にセックスは求めていくが、婚外恋愛は卒業しようと思う。自分が辛くなる恋愛はもういい。
     
     
    私の結婚生活を振り返ってみると、20代前半のときに夫となる人から熱烈なアプローチを受けて何となく付き合っているうちに出来ちゃった結婚をしたのだった。その後一緒に働きながら子育てをして、長い時間を共に暮らす中で彼が私のことを本当に大事にしてくれていると心から感じた。私にとっても彼は自分のことをこの世で一番理解してくれるかけがえのない存在なので、生涯彼と添い遂げたいと願っている。
     
    にもかかわらず何故私は外にセックスを求めるようになったのかというと、セックスレスだったからだ。その言葉は、当時はまだあまり耳馴染みのない言葉だったように思う。
     
    彼がだんだんとセックスできなくなってから夫婦の間にセックスはなくなり、私も仕方ないことだと思っていた。けれどある日『セックスレスキュー』という本を読んで世の中にはそういう存在もあるのだと知った。
     
    夫以外の人とセックスする選択肢など考えたこともなかった私は、もう一生セックスできないのだと思った。まさにじわじわとドライフラワーになっていく感覚だった。その本を読んで違う道があるのかもしれない、と思っただけで救われた気持ちになった。だからといって自分から行動する勇気もなく、ただ時が過ぎていった。
     
     
    ◆一人目の男(ひと) 
     
    そんな中、ふとしたことで好きな人が出来た。ちょっとした計らいをしてもらったことで、がんばっている自分を認めてもらったような気がした。彼とは、メールのやりとりと、一度ピザを食べに行ったことと、ドライブをしたことがあるくらい。当時の私はそれさえも知り合いに見られたらどうしようとびくびくしながら会っていた。
     
    結局、下の名前で呼び合っているメールを彼の奥さんに見られたことで、彼から「もう会えない」と連絡をもらい、それでも最後に一度会いたいと私からお願いをして、お茶したのを最後に連絡先も消してしまった。
     
    体中の細胞が「彼に会いたい!」と言っているように感じた。そんな風に自分の中から激しい欲求が沸き上がってくるのに驚きを感じた。それまでずっと自分の欲求を抑えて生きてきたような気がしていたからだ。
     
    彼と結婚したいとは思わなかったけれど、彼の下着を洗っている奥さんに嫉妬したり自分の家の台所を使いながら夫に申し訳なく思ったりした。彼を好きな自分を自覚して、夫に罪悪感を抱いていたんだろう。
     
    彼は「お互い独身のときに出逢えていたら」と言ったが、私は今だから好きになったのであり、もし独身のときに会えたとしても今と同じ気持ちになるかは分からないと思った。
     
    でもよく考えたら数回しか会ってない彼のことなんて全然知らないのだから、後に複数の人に何度も言われることになるけれど、確かに私は「恋に恋して」いたんだろう。
     
    別れを告げられたのはツツジの咲く季節で、それから何年も色とりどりのグラデーションで咲き誇るツツジを見るたびに胸が苦しくなった。
     
     
    ◆2人目の男(ひと)
     
    その4〜5年後だろうか。自分の趣味の活動を再開し、人との交流が深まるようになって、偶然、学生時代の知り合いと再会した。私の片想いだった人。当時、その人はすでに結婚することが決まっていたけれど、若かった私は彼とセックスした。当時の私にとって、それは簡単に出来ることではなかった。そんな人が十数年後にひょっこり私の前に現れたのだ。
     
    お互いに結婚もして子どもも大きくなり、その人とは年賀状のやりとりはあったけれどそれだけの繋がりだった。
     
    その後も何度かイベントで会う機会があった。再会してから1年ほどした頃のイベントの打ち上げで最後まで一緒になり、帰りのタクシーの中で「抱きたい」と言われ、別れ際にキスされた。唇が触れ合うだけのキスだったけれど、後からのメールで「僕にとってすごいキスだった」と言われた。
     
    女性として意識されたことに驚いて嬉しくて、しばらくは彼のことで心がいっぱいになった。私は好きになるとまっしぐらになるみたいで、きっとそういうメールを相手に送っていたのだと思う。
     
    けれど相手の反応がよく分からなくて自分の気持ちも分からなくなっていって、ついに会いに行くことに決めた。
     
    彼は300kmほど離れたところに住んでいて、主婦の立場で、一泊で出かけるのはとても難しかったけれど、ちょうどその頃、その地域で行われるイベントに合わせて行くことにした。
     
    彼もイベントに付き合ってくれて、終わったあとは串揚げ屋さんで一杯。仕事の話、家族の話を聞くのが楽しかった。その人のことなら何でも知りたかった。
     
    その後、私の泊まるホテルに行った。私にとって何年ぶりか分からないくらいのセックスだったので不安だった。
     
    結局普通に行うことはできたが、それは30分くらいで射精して、そそくさとその人は帰っていくという拍子抜けするくらいあっけないものだった。
     
    その人は男としてはあまりいい男ではなかったのかもしれないけれど、私の中の女を呼び覚ましてくれた。
     
    自分の中で恋の終わりを確認して、それを相手に告げた。けれど好きという気持ちは消えてなかったので、表面張力いっぱいに水を入れたコップみたいに、ちょっと傾けたりつついたりしたらすぐに涙が溢れた。
     
    そんな頃、グループセックスの会の存在を知る。その人を忘れたい気持ちと、40歳を目前にして「女の賞味期限」を感じて(実際いろんなグループの参加条件には20〜40歳というのが多い)、上京する機会に思い切って会に連絡してみる。結果としてセックスできて、性欲は満たされたけれど、個人的に連絡はできないので、その関係に恋愛的な要素はない。
     
     
    3人目の男(ひと)
     
    同じ頃、あるSNSに登録してみた。初めは様子を見て過ごしていたが、ふとしたきっかけで交流するようになった人がいた。個人的にやりとりをするようになり、家庭内のセックスで満たされてないという話をするようになってからは性的な話もするようになった。自分に関心を持ってくれるのが嬉しかった。
     
    携帯メールでやりとりをするようになってからエッチな内容のメールをもらってはドキドキしていたけれど、「今日どんな服、着てるの?」とか、「ご飯、何食べたの?」とか、日常の私を見てくれているようなメールがまた嬉しかった。
     
    最初の頃は1日のうちに何十通もメールのやりとりをしていた。それが余計に依存につながっていったのかもしれない。
     
    Skypeで話すようになってからは、毎晩、仕事と家事を終えてからパソコンに向かって夜中1〜2時間話すという日々。睡眠も家族との時間も削っていた。
     
    彼はとても遠くに住んでいて、私が会いにいくには以前出かけたよりもさらに困難ではあったのだが、彼に会いたい一心で一ヶ月カレンダーに1日1日と×を刻むように過ごして、ようやく会いに行けることになり、無謀にも会いに行った。
     
    彼も都合をつけてくれて一緒に過ごせたのだけど、私も連日の寝不足と興奮とで体調不良になり、彼も仕事で疲れていたのか思ったようなセックスができず(以前『こんなに愛撫されたことない』って言われる」なんてメールもらったから逢う前に期待しすぎていたのかもしれない)、好きで好きで、たまらなくてセックスしたからといって、最高のセックスになるわけじゃないんだなと改めて思った。
     
    彼とはその後もメールのやりとりが続いたが、彼が自分のことを大切にしてくれていないように感じて、どんどん精神的に辛くなっていって、また会う機会もあったのだけれど、結局は自然消滅してしまった。
     
     
    ◆4人目の男(ひと)
     
    同時期に同じSNSである男性と知り合って、その人が会いに来てくれるので月に一度くらいのペースでセックスするようになった。
     
    もともと恋愛感情のない関係だったのだが、セックスしてみたらすごく相性が良かった。私も思い入れがないことで余計なストレスがなかったからかもしれない。
     
    先の彼と別れて自分の気持ちがすっきりして、だんだんとその人の存在が大きくなっていったら、どうしてだろうか反比例するように相手の人が冷めたように感じた。
     
    (男の人は手中に入ったと思うと安心しちゃうのかな)と思った。
     
    その人が大好きで、その人以外に考えられなくなると、もちろんその人としかセックスしたくなくなるけれど、相手が冷めたと感じたら体を重ねても心は満たされない。何かが違うと感じた。
     
    一度、その人と別れようと思った。その人とは自分の中で区切りをつけた。そうしたら不思議なもので彼からアピールするようなメールが来た。以前のように彼のことで頭がいっぱいの自分ではなく、会う時間は楽しんで、それ以外の時間は自分の生活を過ごそうと決めた。自分の気持ちを一歩引かせることで、楽になった部分もあり喜びが減った部分もある。
     
    それは表裏一体のものだから仕方ない。誰かに対して盲目的にはもうなれない。だからもうそれは恋愛とは呼べない。
     
    そして私は、安心して会える複数の人と繋がることで、バランスを保っている。便宜的でずるいやり方だろうか。
     
    セックスには二つの側面があると思う。内側に向かうベクトル(対自分:性欲、衝動)と、外側に向かうベクトル(対相手:コミュニケーション、自分との関係性、一緒に作りあげる時間、築いていく関係)。より大事なものは後者だと思われ、そこにセックスを求める意味があるのなら、私にとってはお互いにとってプラスとなるセックスが出来れば、それで良いのかもしれない。
     
     
    やはり恋愛とセックスは同じではないと思う。そして、「一緒にいて居心地が良い」という理由で出来るセックスもある。
     
    恋愛に何を求めるのかもセックスに何を求めるのかも人それぞれで良いと思う。大事なのは自分で考え自分で感じ、自分で決めて動くことだ。自分の求めるものは自分しか知らない。
     
     
     
    亀山早苗様評■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
     
     
    女性はより具体的に、男性はよりロマンティックに、というのが全体の印象。そして女性はより深く自己分析をし、男性は恋愛そのものに酔いがち……。そんな気がしました。
     
    自分を分析した文章が、どこまで他人の心を動かすのか。手記というのは、そこが勝負だと思います。
     
    相原美来(仮名)さんの手記は、そこがすぐれていると思います。セックスの最中、目と目をきちんと合わせる。これは意外とできそうでできていないもの。
     
    でも目と目を合わせたときに伝わる「何か」が必ずあると私も思っています。「好き」と伝え続けたい、という終わり方も、心を動かされました。
     
     
    佐藤純子(仮名)さんの手記は、彼女自身が大きく成長しているところがよかった。紆余曲折を経て、好きな人と交わって、体の感覚が大きく変わっていって。それでも彼女ができたと聴いたとき、心からおめでとうと言えた。すごいことだと思います。
     
    婚外恋愛していても、嫉妬や未練に苦しむ人は多々いますが、佐藤さんは、これから恋愛しようがしまいが、自分で楽しい人生を送っていけるのではないか、と思います。
     
     
    西村明子(仮名)さんの「恋愛かセックスか」との苦悩もよくわかります。ひとりめ、ふたりめ、という書き方もおもしろかった。
     
    人が増えていくたびに、彼女自身も男性を見る目、自分自身を見つめる目が深くなっていく。そこに興味を抱きました。
     
     
    男性にも同じようなアプローチをした手記を書いてほしいとは思いません。それぞれに感じ方、考え方があります。
     
    ただ、その恋愛から何を得たのか、何を失ったのか、それについて自分はどう思っているのか……。
     
    男目線の官能小説的な手記もあって、それはそれで個人的にはおもしろかったのですが、「えっ、男性はこんなふうに見ているんだ」という驚きはあまりありませんでした。そのあたりできらりと鋭いものがあれば、官能小説風手記もいいなと思うのですが。
     
     

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